JWV関西 4月例会 『南山城散策』 №-1
H.29 4月2日(日) 参加 :S .K T .S T .T H .S H .K M ,K S .M K .M 8名平城遷都とともに隣接する南山城は風光明媚な地として木津川のほとりに元明天皇は𤭖原離宮(みかのはらりきゅう)を営まれ、又平城京造営には大量の木材をこの木津川(泉川)の水運で上流から下流の津へと運ばれた。
みかの原 わきて流るる 泉川 いつ見きとてか 恋しかるらむ
藤原兼輔(小倉百人一首)
天気は最高、ザックも軽い。
駅前商店街を抜け、木津川の堤防に出る。
残念ながら桜並木だが花はもう少し。
しかし水仙の花が綺麗!
やがて恭仁京大橋を渡り、国道163号を超え田園風景の中を軽やかに歩む。
そして野仏に見送られ、小さな集落も抜け、今度は急坂を汗かき、
拭き、ドンドン登る。
極楽坂と言うらしいがとんでもない、途中からイロハ坂に変わる。
歩行縦列が乱れかけた所でやっと山門に到着。 一息入れる。
すぐに本堂に上がりご本尊様を拝す。
聖武天皇が良弁僧正に勅して十一面観音菩薩を奉安された由。
その後、解脱上人貞慶が移り住み「海住山寺」と名付けられたそうだ。
思い思いに境内を散策。
記念撮影もし、最後に国宝の「五重塔」を拝観。なかなか見ごたえのある塔だ。
今度は鬱蒼とした森の中を抜け下界へ。
下りはらくちんと思いきや、膝、足にかなりの負担がかかり、ボチボチと。
集落を抜け、大井手用水(鎌倉時代に造られた灌漑用水)沿いに田園の中を行く。
すぐに恭仁京跡に到着。
丁度お昼に良い時間となり弁当を広げる。
午後からは加茂駅に戻り、コミュニティーバスの都合により出発を12:30と決め、食事にする。
聖武天皇の時、疫病や戦乱に見舞われ、社会不安全国的に高まっていた事態を一新するため、遷都を繰り返し、又国分寺や国分尼寺建立を命じたり、大仏造営も行った。そして最後は平城に戻る。
恭仁京に宮が置かれたのはわずか五年だけであり、その後跡地は「国分寺」に建て替えられた。
12:30 七重の塔の礎石で記念撮影し再度加茂駅に向かう。
当尾の里は№ー2で紹介します。
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