2017年4月7日金曜日

自然豊かな地を訪れ、会員の親睦、感性や知性を磨き、楽しく人生を歩む活動をめざします。

H.29年4月2日(日)  JWV関西・4月例会 『南山城散策』  №ー2
 

№ー2は「当尾の里・野仏巡り」の紹介です。 奈良、平城京に遷都され大寺が営まれ、当尾の里は都に近く「聖域、仏たちの浄土という性格を持ち、いろんな仏教文化財を生み、守り伝えられてきた。又当地は花崗岩の岩石が豊かで、鎌倉時代都の名匠による立派な摩崖仏が次々と刻まれた。               今日はそれらの野仏を廻ります。


PM13:16発のコミュニティーバスにて「岩船寺」へ。
                             岩船寺前には地元産の野菜など色々並べぶら下げられている。草餅、つくし、野菜など買い求め、お茶を頂き、山門へ

境内をぐるりと一巡り、右に本堂正面に三重塔、左には十三重の石塔

三重塔の四隅を支える「天邪気が、撫ぜると魔除けになるとか。

岩船寺は天平元年(729年)聖武天皇の勅願で行基が創建
嵯峨天皇の皇子誕生を祈って効があり、堂塔を建て岩船寺と称した
本堂には3m近い巨像、欅一本造りの阿弥陀如来坐像を安置。(平安時代重要文化財) 

本堂内は撮影禁止のため素敵なお言葉だけをカメラに。     右→ → 

拝観を終え、道標を頼りに歩き出す。

集落の端を抜け、野道から右に下ると動明王

そしてさらに大岩だらけの急坂を
下り下の道へ。

すぐ左へ歩くと有名な「阿弥陀三尊像・笑い仏」に着く。

横には長く土の中でお眠りなさっていた「眠り仏」さまもおわす。

そして引き返すように山道をゆっくり下ると、カラスの壺二尊「阿弥陀地蔵摩崖仏に着く。               像は二体あるが一つは大岩の向こう側に刻まれていて回り込まないと見えない。   

さらに下り春日神社を右に見て集落の中に入り暫く歩くと交差点に。

アタゴ灯籠だ。

道路を左に折れて「やぶの中三尊」にやって来た。

一つの岩に阿弥陀仏坐像、もう一つに地蔵菩薩と小さめ観世音菩薩の二尊が祀られている。

続いて右に折れ「首切り地蔵
首が切れているわけではないが、首のところが色が変わり切れているように見えるのだ。
又、処刑場にあったため。

これより「浄瑠璃寺」へと歩む。

浄瑠璃寺の参道は花盛り!!
そめいよしのこそ咲かないが、
こぶし、さんしゅう、彼岸(かわず?)桜、など色とりどり。

やがて山門を通り極楽浄土に。

宝池を挟んで東に三重塔、西に本堂と回遊式になっている。

宝池を中央にして東に薬師如来を祀る三重塔、西には阿弥陀如来九体を安置する本堂がある。(←左右→)

お彼岸には東の塔より太陽が昇り、夕方には西の本堂の阿弥陀如来の真後ろに太陽が沈む。

つまり、東の塔の方は「此岸」で,この世であり、池の向こう、本堂
の方「彼岸」、極楽浄土とみるのである。

最期にもう一度、この世からあの世の極楽浄土を拝み、充分心いくまで浄瑠璃寺の趣を感じて満足し山門をくぐる。

この世にいる限り、力いっぱい仕事をし、元気に動き回れたら地獄に落ちようと、極楽にいこうなどと考えない自分の信ずる道をただ歩むだけだ。それが出来れば充分幸せだと私は思う
今回の南山城の散策は先ず天候にめぐまれ、仲間と楽しく過ごせた事こそ極楽への道だったと思う。





 

2017年4月4日火曜日

自然豊かな地を訪れ、会員の親睦、感性や知性を磨き、楽しく人生を歩む活動をめざします。

JWV関西 4月例会  南山城散策    №-1
H.29 4月2日(日)   参加 :S .K T .S T .T H .S  H .K M ,K S .M K .M  8名
平城遷都とともに隣接する南山城は風光明媚な地として木津川のほとりに元明天皇は𤭖原離宮(みかのはらりきゅう)を営まれ、又平城京造営には大量の木材をこの木津川(泉川)の水運で上流から下流の津へと運ばれた。
   みかの原 わきて流るる 泉川  いつ見きとてか 恋しかるらむ  
                                    藤原兼輔(小倉百人一首)
今日は先ず、瓶原(みかのはら)、恭仁京跡、木津川を一望できる海住山寺(かいじゅうせんじ)へ向かう。
AM.9:30 JR.加茂駅集合、出発

天気は最高、ザックも軽い。
駅前商店街を抜け、木津川の堤防に出る。
残念ながら桜並木だが花はもう少し。
しかし水仙の花が綺麗!
やがて恭仁京大橋を渡り、国道163号を超え田園風景の中を軽やかに歩む。
そして野仏に見送られ、小さな集落も抜け、今度は急坂を汗かき、
拭き、ドンドン登る。


                    極楽坂と言うらしいがとんでもない、途中からイロハ坂に変わる。

歩行縦列が乱れかけた所でやっと山門に到着。 一息入れる。

山門から緩やかな坂道となるが最後にきつい階段。境内に着くと、意外にも大勢の参拝者

すぐに本堂に上がりご本尊様を拝す。

聖武天皇が良弁僧正に勅して十一面観音菩薩を奉安された由。

その後、解脱上人貞慶が移り住み「海住山寺」と名付けられたそうだ

思い思いに境内を散策。

記念撮影もし、最後に国宝の「五重塔」を拝観。なかなか見ごたえのある塔だ。

今度は鬱蒼とした森の中を抜け下界へ。

下りはらくちんと思いきや、膝、足にかなりの負担がかかり、ボチボチと。

なるほど、瓶原カントリークラブ、恭仁京跡、木津川などが眼下に一望できる。

集落を抜け、大井手用水(鎌倉時代に造られた灌漑用水)沿いに田園の中を行く。

すぐに恭仁京跡に到着。

 丁度お昼に良い時間となり弁当を広げる。

午後からは加茂駅に戻り、コミュニティーバスの都合により出発を12:30と決め、食事にする。


聖武天皇の時、疫病や戦乱に見舞われ、社会不安全国的に高まっていた事態を一新するため、遷都を繰り返し、又国分寺や国分尼寺建立を命じたり、大仏造も行った。
    
そして最後は平城に戻る。

恭仁京に宮が置かれたのはわずか五年だけであり、その後跡地は「国分寺」に建て替えられた。

12:30 七重の塔の礎石で記念撮影し再度加茂駅に向かう。

当尾の里は№ー2で紹介します